こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが、表現する人々のことなど、つぶやいたりマンガに描いたりします。

四コマ『アマビエ様のイメージ』…アマビエ様四コマ6

 

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コロナのドームに閉じ込められたような日々が続いていますが、もうすぐ夏至なんですね。

 

アマビエ様のイメージがすっかり私の世界に定着したのか、時々四コマとしていらっしゃるようになりました。

 

今回のは前回の四コマの続きのようになりました。

 

アマビエ様のことを調べると、妖怪、と言われたり、神様と紹介されていたりします。

 

 

アマビエ様は天使のような雲の上の存在ではなく、善も悪も合わせ持っている、人に近い存在なのかな、という感じで描いてみています。

四コマ「アマビエ様の数え方」

 

 

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アマビエ様四コマ、5本目になります。不定期連載というのでもないのですが、まだまだアマビエ様とのお付き合いは続きそうなので、もう少し描かせていただくかもしれません。

 

6月に入ってそろそろ蝶の姿をあちこちで見かけるようになりました。

 

私は、蝶は一羽とか一匹とかその時々の気分で数えていたように思いますが、正式には一頭、2頭なのだそうです。

 

アマビエ様は何と数えるのだろう? 1人、2人、それとも一体、二体でしょうか?

 

一応神様ですから、失礼があってはと調べますと、どうやら日本の神様は、1柱、2柱と数えるようです。

 

古事記にはすでに柱の記述があるそうですが、神様を数える、というのはかなり特殊な文化なのだとか。このへんを掘り下げるとかなり面白そうです。

赤とピンクの思い出

 

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ふと赤とピンクをえいやっと散りばめた絵を描きたくなり、殴り書きのように作りました。

 

赤とピンクというと思い出すエピソードがあるのです。

 

ほんとーに大昔、私が母と一緒に幼稚園の入園前の面接に行ったときのこと、

 

面接の順番を待つ部屋の真ん中にテーブルがあって、色とりどりのおはじきが置かれていました。

 

在園生なのか、同じ面接待ちの子供か分かりませんが、2人の女の子がおはじきを紐に通してペンダントのようなものをせっせとこしらえています。

 

1人の子が、赤とピンクのおはじきを交互に紐に通してずいぶん長く繋げて、

 

「赤とピンクのををこうすると、きれいでしょ。」と言いました。

 

ちょうどこんな雰囲気。

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それを見て小さな私は、何か複雑な気持ちになっていました。当時の私はうまく言葉にできませんでしたが、今の私が通訳すると、

 

「なんだかくどいなあ」

「趣味悪くないかな」

 

赤やピンクは過剰にならないように効かせるほうが良い、と、どこの大人から仕入れたのか、当時の私はそんなふうに思っていたんですね。

 

そのわりには、私は今に至るまで、けっこう赤やピンクを大胆に取り入れて過ごしてきたのですが、気持ちのどこかに、何だかこれ、過剰かもなあ、と突っ込みを入れている自分もいたりしたのです。

 

それが何だかふと、心ゆくまで赤とピンクに、子供っぽく浸かりたくなり、冒頭の絵になりました。

 

あの面接の日、私も赤とピンクのおはじきを紐に思うさま繋げて、「きれい〜」と言いたかったのかもしれません。

 

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赤とピンクの判子を予定ノートに好きなだけ押してみました。コロナ禍の中、ノートの中でお祭りです。

 

さあ咲くぞ!

 

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まるで炎のよう。

命の勢いに思わず見とれてしまった一枚です。

 

でもこれ、私全然気づいていなかったのですよ。

 

冬を超えて今年も咲いてくれた花が嬉しく、こんな写真を撮ったのですが、

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私は手前の花を拡大して加工しようかな、と適当に写していました。

 

あとでよくよく見ると、後ろのほうの開きかけた一輪が、何ともいい勢いではじっこに写っていたのに気づいたのです。

 

そこで冒頭の一枚になりました。

 

この花の名前は忘れてしまいました。買ったときの名札を鉢に刺してあったはずですが、いつのまにか無くなってしまったようです。

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今年の連休 去年の連休

 

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今年の春は冬越えのアゲハのさなぎが何とか蝶になって巣立っていきました。

 

私はうちのミカン科のハーブにつくアゲハの幼虫を、鳥が食べる前にいくつか籠に避難させて蝶になるのを見るのが楽しみなのですが、

 

昨年はすべて寄生虫にやられていて、羽化することはなかったのです。

 

ですから今年無事に飛び立っていくのを見届けたことは幸いでした。明るい兆しのように思いました。

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そして、子供が小さい頃は一緒にしていたGWのBQを、大きくなってからは長年夫婦だけだったのが、昨年、コロナで暇していた子供と久しぶりに囲んだ、という記事を一年前に上げました。

 

こんなことはコロナという有事だからで、滅多にあるものではない、と書いた記憶がありますが、

 

今年も息子はやはり暇になってしまい、肉を食べに参加してきました。

 

思いがけなく親には嬉しいことですが、若い人には何とも気の毒なご時世です。

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この連休はあまり私も出かけずに、蝶の羽化の嬉しさを元に素材遊びなどしていました。

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4コマ『アマビエ様のお仕事?』

 

アマビエ様、まだまだお帰りにはなれないようでまた4コマになりました。続きものなので2本一緒にアップします。

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アマビエ様、最初はかわいらしかったのですが、描くうちに近所の困ったおばさん風になってきました。作者が滲んできたかもしれないです。

 

 

また漢字が出てこない・・・

 

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昼夜の交替のたびに開閉を繰り返していたチューリップも、つぼめる元気が薄れて開いたままになってくるとそろそろ季節が移るころとなりますね。

 

それとは関係ない話題になりますが、

昨日、「ぎじ的な」と書こうとして、「ぎ似」の「ぎ」が出てこなくて困りました。

 

もう年配といわれる年代に足を突っ込んでいますから、当たり前なんですけどね。

 

書こうとすると、手へんがチラつくので、あれ、手へん付いてたっけな、と逡巡しているうちに、旁(つくり)のほうもあやしくなってしまい、

 

「おかしいな〜ギモンのギだよね〜書けなくなったことなんて何十年もないのに」と、普段は呼吸するように紡ぎ出していた漢字のイメージを取り戻そうともがいたのです。

 

スマホを充電中だったので、辞書を使おうとするも、最近辞書を引くことが少なくなったせいで棚の奥に押し込められていて、やっとこさ取り出し、「ぎじ」を引いてみると、

 

そうか、2つ書き方があったんでした。

「疑似」と「擬似」。

手へんがチラついたのは間違いではなかったのです。

 

2つのイメージが干渉しあって一つの漢字が像を結ぶのを邪魔したのでしょうか。

 

こんなとき、くたびれかけた脳ではいったい何が起きているのでしょう。

 

それにしても本当に久しぶりに辞書を引きました。

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