こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが、表現する人々のことなど、つぶやいたりマンガに描いたりします。

あれが線状降水帯

雨にはどんな強い雨降りでも、緩急ってものががありますよね?

 

酷い降りでもちょっと緩むときがあり、そんな隙にぱっと移動したりするものです。

 

あの日の雨にはそれが無かった。淡々ジャージャーと一定に何時間も水が落ち続けたのです。

 

8月13日、千葉県北西部を中心に線状降水帯が居座ったとき、私も真っ只中にいて外出していました。 

 

雨の予報はあったもののまあ常識的な仕度をして用事がある人はいつも通り出かけたと思います。私もその一人でした。

 

そしてその用事を済ませて帰路に着いたとき、改めて電車に打ちつける雨足の濃密さ、ホームに流れる川のような水、駅舎から流れ落ちる尋常じゃない水の量に呆気に取られつつ最寄り駅で少しでも降りが緩むのをたくさんの人と共に待ちました。

 

けれど一向に弱まる気配なく、確かめた雨雲レーダーの真っ赤な領域も居座り続ける模様、待っていても状況が良くならないと判断して一人また一人と豪雨の中に進み出て移動していきました。

 

私もいつも車を止める駐車場に意を決して移動し、(もちろん濡れ鼠になりながら) 帰路についたわけです。

 

慣れたいつもの道ではあるものの雨密度が高すぎて前がよく見えず難儀しながら車を駆り、家に程近い交差点の数十メートル手前に来て私の前を走っていた車がバシャーと水しぶきをあげてかなり深い水に飛び込んで行きました。

 

私は咄嗟に停車してなんとか手前で横道に左折し、遠回りをして家に帰りつきました。

 

前の車があの水たまりを無事突っ切れたのかはわかりません。うちの車は古く車高もあまり高いとはいえず、続いて突っ込んでいたら身動きできなくなっていたかもしれません。

 

たまたま後続車もなかったので急停車して曲がれましたが混んでいたらと思うとゾッとします。

 

家で一息つきネットをチェックするとニュースを見て心配した故郷の友人や家族からのメッセージが幾つも入っておりその返信にあたふたしました。

 

私の住む市や近隣の市の冠水動画がたくさんアップされていて、改めて驚きました。

 

渦中にいるとむしろ日常的で自分たちの危険がよく見えず、ボケーとしているうちにいきなり脇にぽっかり命の危機が口を開けるものなのかもしれません。

 

時間が経つにつれ酷い被害が次々と伝えられ、自分がそうであっても全く不思議では無かった、たまたま無事であったのだと実感した次第です。

 

この週末も線状降水帯の予報が見受けられますが、少しでも逸れてくれることを、被害が少なくなるよう祈るばかりです。

 

 

世間のピンチ?……日本世間学会第54回研究大会に寄せて

 

コミュニケーションがどうもうまくいかない、話が通じない、それには両者が当然と思っている前提がずれていることが多いものです。

 

世間学会では、普段自分が利害関係を持っている人たちの関係性を「世間」と呼んで、建前としての「社会」との二重構造を色々な立場から考察したり、世間という力学が世の中に起こす良い面、残酷な面を探り出したりします。

 

今回私は、普段、こーゆうもんでしょ、とという前提でしていることに誰かが違う前提でぶつかってきた時に起こる文化衝突のエピソードを描いて参加された皆さまに読んでいただきました。

 

「世間学」は、故阿部謹也先生が提唱されたもので、参加している方々はそれぞれ新しい見解も交えて活発な意見交換がなされています。

自然の驚異 インドア編

恒例の梅仕事、何度見ても驚き。

熟した梅の実と塩だけでぐんぐん梅酢が生み出されてもう全体を浸からせる寸前です。6日に漬けて今日が9日だから3日でもうここまでに。

 

ちなみに漬けた直後がこれ。まだ全体に塩がまぶされて梅酢が上がる前の様子です。

あと最近の自然の驚異は、あったかくなるとお約束のように湧いてくるコバエと、蚊です。

 

初小蝿 今年は何匹 つぶすやら

 

日々自分か夫の血を吸ったとおぼしき蚊としつこい小蝿を限りなく叩きつぶすのです。お約束のように、なんていう言い草は虫にしたら笑止千万、何せやつらは恐竜時代の琥珀に閉じ込められて発掘されるほどのタマです。そう、人よりず〜〜と前からここにいる命の先輩なのですよ。

 

あとは我が家に10年以上住んでいるいまだに家庭内野良猫風な向こうっ気の強いメス猫。

 

これら人が作ったものでない、地球が育んだものたちとの格闘が私の心を鼓舞してくれるのです。

 

 

ついでにGeminiに梅仕事画像お願いしてみました。

「昭和30年代の主婦が台所で梅干しを漬けている画像をルノワールのような印象派風の絵柄で作ってください。」

AIもますますお利口さんですね。電子レンジっぽいものがあるのはちょっとしたポカなんでしょうが。

 

水仙は咲いてる時だけじゃないのよ

今年も忘れずに咲いてくれた水仙。

 

だけど…

今年はたった5輪だった。いつもは20くらい咲いてくれていたのに。

 

理由はだいたいわかっています。ざっくり言って私の怠慢からです。

 

昨年、水仙の隣に植えてある月桃が、早く始まった猛暑の中、南の故郷を思い出し嬉しかったのか、凄い勢いで全方向に伸びまくりました。

 

その命の勢い、パワーに魅せられたのと暑さにやられボーとなり

 

つい隣の、花を終え光合成に励み球根を育てて次の年に向けて準備している水仙を忘れてしまっていました。

 

月桃の広がり過ぎを剪定しなくちゃと思いつつ先延ばしにして、

 

さらに、増えていた水仙の球根を丁度いい数に間引きせず放置してしまったことで一つ一つが弱い球根になり

 

開花に漕ぎつけたのがわずか5輪になったのです。

こんなふうに毎年年が明けるとあの寒中に忘れず芽を出して、いち早く春を予感させてくれていたのに

 

いつもまったく当たり前と思いほったらかしにしていました。

 

花が終わりただのニラのようになったら水仙のことなどまったく忘れて、春の盛りの花たちや続く季節に夢中になっていました。

 

若い娘ばかりにワァワァ言うおじ様達のことをこれでは笑えませんね。

 

今年は月桃の場所を移動することと、水仙の球根を丁度良い数に間引きすることを忘れないようにしなくては。

 

願わくばもし猛暑になっても正気を保てますように。

 

立つんだパンジー?

ここのところ関東も明け方は氷点下になったり霜がおりたりでパンジーはゼイゼイ言いながらやっとこさ咲いてくれてます。花びらも葉もあちこちヘロヘロです。

 

先週の雪にはもうがっくりとなってしまい

花びらや茎のあちこちが凍ったりしたのでしょうか、雪が解けてもかなりダメージが残っています。

 

こんな姿を見ているとなんとなく酷く無理をかけているような心持ちになってきます。

 

故郷の北海道なら雪に埋もれていて諦めもつくのですが、南関東だと冬でも土が出ているだけに何か咲いていてほしくて、秋にパンジーやガーデンシクラメンが出始めるとやっぱり植えるんですよね。

 

北海道の兄にうちのパンジーのLINEを送ると、「いいなぁ、そっちは今どき花も咲いてるんだね。」なんて返ってきますが、

 

実はノックダウン寸前のボクサーみたいな待遇なんだよなあ、と複雑な思いになるのでした。

 

年の初めにイメージの手綱を取る

年賀状は松の内までと言われますが、松の内って7日までの所と15日までの所があるのですね。

 

じゃあ15日までは松の内、という方を選んで年頭のご挨拶blogをアップします。

 

このお正月は、2種類の年賀状、このblog用のものとリアルな身内友人用を用意したのですが、

 

前回までは描けないイメージがあると画像検索をしていましたが、今回は専らAIに「こういうものを描くんだけど〇〇を入れて…」などなど参考画像をあれこれ出してもらいながら自分のイメージに近いものに寄せていった感じです。

 

以前より頻繁に画像生成AIに手を伸ばすようになったのは、やはり画像生成できるAIが増えたのと1日に無料でできる枚数も増えたからだと思われ、ずいぶん技術が降りて来ている感じがします。

 

とはいえ自分のことを一応「絵を描いている人」と表明している手前、イメージの主体は私という人間にあるということは動かしたくありません。

 

なので今回もキャラクターは自分のものですし描画も色塗りも自らの手で行った、のでイメージの手綱は私自身が取っている…つもりなのです。

 

イメージのはっきりしない馬の鞍のあたりとかキャラクターがつかんでいる手綱と馬の顔との関係とか、そのへんがAIの出してくれる情報でそれらしくなればいいな、というくらいの希望なのです。

 

でもどうなのだろう、AIとのやり取りを繰り返すうちに何だか境界がはっきりしないような妙な心地がして来ました。

 

次の2つの画像はAIが提案してきたものの一部ですが、けっこう影響受けたかなあとも思います。もちろん私の欲しいイメージの文言にAIは寄せて画像を出してきたわけですから、どっちの影響が強いとかどうとか決められませんが…いつの間にか完全に手綱を取られることのないように、踏ん張るつもりではあるのですが。

 

思いがけないクリスマスプレゼント

えっ、芋…

クリスマスプレゼントが?

 

うちの庭というか、通路というか猫の額のスペースに主に袋栽培で野菜を植えてみたりしているのです。

 

去年のつるボケ(葉だけ繁って芋があまりできないこと)失敗を元に、土をさつまいもに合った状況に調整したつもりだったのですが

 

やはり何かが良くなかったのか、猛暑のこともあったのか、また葉っぱばかりが繁ってほんとにポチッとしたお芋しか出来なかったのですよ。

 

いささかがっかりしてさつまいもの袋を片付け、他のものを植える準備にかかりました。

 

春にさつまいもを植え付けた時に余ったツルを(さつまいもはツルを植えます)適当にその辺の余った鉢に、その辺のプランターに残った土を入れて取っておいたものが隅っこにありました。それがまだ元気そうだったのでこのツルは取っとこうか、と片付けるのをよしました。

 

それっきり放置で乾いている時についでに水をかけるくらいで殆ど存在を忘れていたのですが

 

クリスマス数日前にもなってそのツルの根元に赤いものが顔を出しているのに気づきました。

 

紛れもなくさつまいもです!

 

夫共々びっくりしました。

 

広くもない、浅い植木鉢に合わせるかのように身を曲げて、噐一杯にお芋が2つできていたのです。

 

袋栽培の方を片付けたときにはこちらに芋ができているとは夢にも思わず確かめもしませんでした。

 

いったい何が良かったんでしょう。

 

土の深さも、日当たりも栄養も悪くなかったと思われる袋栽培の方はいったい何が悪かったのでしょう。特に手をかけすぎた感はないのですが。それでもお芋がならなかったのだから、何か理由があるのでしょうね。

収穫したあとのさつまいものツル。やれやれという感じ? まだ引っこ抜いてません。