こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが こころのこと 表現のことなどつぶやきます。

はじめての「あけび」

 

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こんなに鮮やかに明るい紫色の果物や野菜はほかに思いつきません。

 

生まれてはじめて「あけび」を手に取り、食しました。

 

よく行くお店の店頭に並んでいて、その紫色に思わず手が伸びたのです。

 

故郷北海道にはあけびがありませんでした。調べるとミツバアケビというのはあるようですが、それにもなぜか出会えませんでした。

 

本州に越してきてからは、よその庭で見ることがありたいへん気になる存在でしたが、なかなか縁が出来なくて今まできました。

 

それにしても目の醒めるような紫色です。

 

絵の具や色鉛筆などの三原色、赤青黄で色作りをするとき、赤黄でオレンジや朱、青黄で緑を作るのは比較的たやすいですが、赤青でいい感じの紫を作るのは私の感じではなかなか難しいです。

 

そういうこともあり、紫ってちょっと色の中でも別格な感じがしています。

 

あけびはどんな仕掛けでこんな紫に装えるのでしょうか。

 

数日、目で堪能したのち、2つに割って、はじめて口に運びました。

 

薄甘くて、さっぱりして悪くはありませんが、他に果物が有れば選ばないかもしれないです。

 

でも来年からは、やはりこの紫色にひたるために買い求め、実を口に含むだろう、と予感します。

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アレの名前が出てこない

 

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買い物しているスーパーがいくつかあって、そのうちのひとつの名前が、今朝出て来なかった。

 

私はそこそこの年齢だし、俳優の名前が出てこないことはふつうにあります。

 

けれどさすがに時々とはいえ長年利用しているスーパーの名前が出てこないのはどんなものでしょう。私もいよいよ始まっちゃったかな、とがっかりしました。

 

つらつら考えてみると、思い出せなくなる直前に、過去に住んだ複数の場所のスーパーについて、看板や雰囲気などあれこれ思い浮かべて比較したりと色々記憶の箱を出し入れしています。

 

ははあ、これはスーパーに関する記憶の場所が混線して変に繋がったり切れたりしているのでは、と思い至りました。

 

そう決まると、この、ふだんの日常では当たり前に出てくるひとつの言葉が思い出せない感覚をちょっと楽しんでみよう、という気になりました。

 

あえて調べたり、家族に聞いたりせず、自然に思い出すまで放置する、プロセスを観察してみることにします。

 

身近なことばのひとつがどうしても思い出せない感覚は何だか妙で、すぐそばにある別空間にすべりこんでしまったような、視界の一部がすっと覆われているような心地がします。

 

それが思いがけず新鮮で、しばらくこの感覚を抱えたまま過ごすのもいいなと思ったほどでしたが、

 

スーパーというものが日々思い浮かべるようなものであるからか、思いがその辺りをうろつくうちに、わりに早く何かのタイミングで、滲み出るように、カタカナでそのスーパーの名前が浮かび上がってきました。

 

ピースがぱちん、とはまるように元の世界が回復してほっとしました。が、途端にかき消えたあの妙な感覚が惜しい気もしました。

『世間の学』VOL.5電子書籍発行…『世間ぐるぐる』9掲載

 

例えば今回のコロナ禍で散見された同調圧力や、自粛警察。いったい何でそんなことになるの? その原因は人によって色々に考える所でしょう。

 

私はそのような場合の、人と人の間の力学や、空気を考える時、「世間学」という知見を手がかりのひとつにしています。

 

日本社会の奥に横たわり、深層から実際に人や世の中を動かす「世間」に関心や問題意識を持つ人たちが全国から集い、対話をするのが「世間学会」です。

 

その「世間学会」の年2回の集まりで、私の『世間ぐるぐる』というマンガを置かせて頂いています。

 

先日学会誌『世間の学VOL.5 』が電子書籍で発行されました。私の作品、『世間ぐるぐる』第9話「東北シンポジウムの巻」が掲載されています。

世間の学 2018 VOL.5: Journal of the Japanese Sekengaku

マンガの1ページ目はこんなふうです。東北で開催された世間学会のシンポジウムの様子を、私がレポートする、という趣向です。

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論文は、東北の大学の先生たちが当日発表されたものが3本、「世間」の考察をふまえながら、東北の復興と未来への展望にも踏み込んだ内容です。



過去記事に、今年の夏コロナで中止になってしまった世間学会に置きたかったマンガをアップしています。

 

◉10月5日追記です!

渋谷陽一氏といとうせいこう氏のラジオ番組に、世間学会の創立メンバーで幹事の佐藤直樹先生が出演され、コロナ禍と世間を話題に語っておられます。渋谷、いとう両氏の質問が的を得ていて、世間学の考え方がわかりやすく引き出されていたと思います。

 

羽化するタイミングの不思議

 

以下昆虫を含んだ話題です。加工ありですが虫画像出ます。お嫌いな方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

我が家にはミカン科のハーブ、ヘンルーダがあり、アゲハが卵を産んでいく。鳥が端から幼虫を食べてしまうのを少し籠に取り分け、蝶にして放すのが毎年の楽しみになっている。

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蝶が、どんなふうに、もう、今、蛹から出て行って大丈夫、今がその時、と感じ、実行するのだろう、とつくづく思う。

 

人間の赤ん坊が、胎内から出ようとする、母体と、胎児の共同プロセスを始める、その時をどうして知るのだろう。

 

私自身、自分が母の胎をどのように出たのかわからないし、自分の子供に冗談半分に、あんた何を思って、あの時に出てきたのよ? と聞いても当然、知らんがな、で済まされる。

 

広大な無意識の法則があって、と簡単に言ってしまえばそういうことなんだろうけど、分からないことが重大なことを決めてゆき、わかることがほんの少しその上に浮かんでいて、

 

そこからこんなふうにああでもない、こうでもない、と日々過ごしているのだろうか、と、虫を見ながら思ったことです。

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ピーター・ドイグ展…同時代の空気

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これ誰だと思いますか?

 

座頭市、だから勝新太郎でしょう。

日本人で勝新をこういう風に描く人はいないのでは、と思います。首周りの徳利セーターのような線は、着物の首あたりの形状を思い浮かべられなかったせいでしょうか。何かを見て確認しながら、でなく、本当に自分の記憶からぱぱっと引き出して描いたのでしょう。

 

今、東京国立近代美術館で展覧会が行われている、イギリスの現代画家、ピーター・ドイグは、時折友人を呼び自宅でミニシアターのような集まりをしていたようで、その度に即興でポスターを描いたのです。今回の展覧会にはそれらが多く展示されました。上の勝新もその一枚です。

 

日本映画では他に『東京物語』のポスターもあり、小津の作品に影響を受けた、という説明書きがありました。

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それでも、東京物語を観た印象のシンボルを、日本の人はこういう風に描かないような気が、偏見かもしれませんが私はします。新鮮です。

 

絵画作品で印象的だった作品はどれかといえば、グッズのノートにもなっていたこれもその一枚です。何かを思い出しそうで、思い出せない、自分の記憶にあちこち触れてきそうで、微妙に別世界のような、簡単に着地させない作品が多いように思いました。

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このコロナ禍の中、ドイグはどんな作品を描いているのでしょうか。それを期待できるのは同時代の画家だからですね。カラヴァッジョやターナーには望めません。

 

私も、テレビではありますが、わりと最近みた映画のポスターをうろ覚えのイメージで描いて遊びました。こんな感じだっけ?って。

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映画『どこかに美しい村はないか』東京と釜石市で上映

 

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私の参加ウェブマガジン『MIZUTAMA』代表、田下啓子さんがプロデュースされた映画『どこかに美しい村はないか』がいよいよ東京で上映されることになりました。9月27日(日)、人形町三日月座です。詳細はこちら公式サイトでご覧になれます。

コロナ禍の中、厳重な対策がされ、お席はかなり数が絞られての上映になります。東京上映後にDVD の通信販売がされるようです。DVD のお申込み方法は公式サイトにあります。

 

また、岩手県釜石市、釜石PITにて、10月24日(土)に上映されます。詳細は公式サイトでご覧になれます。

 

こちらは能勢監督の心洗われる映像と、生きていることを祝福されるようなRakira さんの音楽を味わえる予告編です。

 

過去記事もよろしければどうぞ。もう一本の予告編をリンクしています。

 

◉10月5日追記

 東京、岩手、福島、兵庫など続々と上映追加が決まっているようです。公式サイトに詳しい情報が更新されています。

 

駆け抜けてしまった夏

 

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うちの花壇は、夏はニチニチソウばかり。

園芸根性不足の私がなんとか夏場につなげられるお花として、毎年植えています。

 

そのニチニチソウの横を滑るようにこぼれていく今年の夏。

 

遠くの従姉妹と電話で話したら、やはりお互いに、数々の飛んでしまった予定、会えなかった人々のこと、それでもなんとか近場を楽しもうとする日々を報告し合いました。

 

うちのニチニチソウの写真に手を入れていたら、一面のニチニチソウの小径を、こびとになって走り抜けたらこんな感じかな、というような、疾走感のある残像風に仕上がりました。