こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが、表現する人々のことなど、つぶやいたりマンガに描いたりします。

しみじみ手を眺めて描いて

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私の、指5本。

 

一本一本微妙に違ったふうに付いていて

方向も曲がりかたも長さも違う。

 

指ってどうしてこういう感じにできているんだろう。

 

 

心がざわざわする時は、人が作ったものでないものを描くことにしています。

 

そうすると少し波が鎮まるような気がするのです。

 

猫がいなかった頃は部屋に植物を置いていたのでよく花を描きました。

 

猫と暮らすようになって、猫は植物に禁忌が多く、面倒で部屋に植物を置かなくなりました。

 

それで自分の手や果物などを描いています。

 

猫も描きますが、よく動くんですよね。

 

辛抱強くポーズを取ってくれるのは結局自分の手足ということになります。

 

先日動物園で大きなイグアナを見ましたが、意外と手の形や指の付き方が人に似ている印象を持ちました。

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何かの本で、人の手は成長に従って色々な能力を自力で獲得するために、あえて進化し切らずに未分化な状態を残しているのだと読んだ記憶が私にはあります。

 

他の動物の手は、生き延びるためにある能力に特化して進化した形…馬の蹄や猫の鋭い爪と肉球など…をしていることが多いらしいのです。あくまでも不確かな記憶からなので話半分で。

 

…てなことをツラツラ考えながら手をクロッキーすると何となくモヤモヤした気分も変わったりします。

 

 

改めて考えてみると、左手がもっぱらモデルを務めています。

 

私の利き手は右手なので当然そうなるわけです。

 

私の右手は私の右手にナマで描かれることは永久にないのですね。写真ならありですが…

 

気の毒に思い、左手に描いてもらいました。

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ぶきっちょな仕上がりですが、線は右手のより素朴で生き生きしているような気がします。

エンダイブという響き

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エンダイブ、という名前が何か力強く印象的で気に入って植えていました。

 

キク科でチコリの仲間だそうで、ちょっと苦くてアクセントになっておいしいです。

 

春先から数ヶ月、毎日のようにサラダに入れて重宝していたエンダイブ

 

若い葉を収穫してせっせと食べていましたが、いつのまにかとうが立ってしまい、とっても綺麗な紫色の花をつけました。

 

そうなると葉が何だか硬くなってしまい、作物としてはおしまいなのかな、という感じ。

 

サラダにするにはまた植え直さなくてはならないようです。

 

エンダイブ自身としては花も咲いて満足かもしれないですね。これぞキク科!というような立派なお花です。

『アマビエ様の才能』•••4コマ『アマビエ様といっしょ!』13

 

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デルタだ、オミクロンだ、BA.5だと手を変え品を変え居座る新型コロナですが、アマビエ様もこれは長期戦だと腹を括っておられることでしょう。

 

コロナに加えて最近は様々な生活不安が加わる娑婆のようすに、カミサマなりに?ハラハラとし、力を貸してくださるかもしれません。

 

アマビエ様マンガ、もうしばらく描けそうです。

 

 

世間マンガ『コロナはまだ続くよ?』…世間学会に寄せて

 

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マンガをなるべく載っけていこう•••と思いつつも最近は園芸初心者のつぶやきブログになっていました。

 

今回は漫画でいきますよ!

 

上にあるマンガは『世間ぐるぐる』シリーズの

21話の1ページ目です。

 

内容は大まかにいうと、ここ数年コロナ禍で故郷の母となかなか行き来できない、どうしたもんかなあ、ということを、ゆるっと描いています。

 

マンガの全ページはこの下のリンクからお読みいただけます。よければぜひのぞいてみてくださいね。本のページをめくるように読めますよ。技術の進歩には驚かされます。

 

先日世間学会が感染対策をしつつ東京池袋で開かれました。

 

まだリモート組が多かったものの、久しぶりに現地に集まる人も増えて、コロナ禍も少しずつゆるんではきたのかな、という感触です。

 

学会なので大学の先生がもちろん多いのですが、小中高の教諭、医療職、僧侶、会社員、研究者、OL、主婦、退職者などなど多様な立場からの発表、質疑応答があります。

 

私は毎回、世間漫画で参加しています。

 

一年にだいたい2話ずつ、なので10年にはなるのかな。

 

21話、ポツポツと結構描きました。

 

そろそろ、世間漫画を通しで一冊読めるような形を創りはじめようと思っています。

知っているようで知らなかった朝顔

 

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ひょっとして、そんなこと皆とっくに知っていて、見落としていたのは私くらいなのかもしれませんが…

 

朝顔の芽が出て最初に開く双葉と、本葉の形が違うって、私はっきりと意識したことなかったのです。

 

私自身子供のころ宿題で朝顔を育てましたし、子供たちが育てるのも見てきました。

 

ですから朝顔のことはもう見慣れたもの、知らないことなんて無いくらいに思っていたのです。

 

今年ふと思いついて朝顔を久しぶりに植えたのですが、毎日眺めるうちに、

 

「双葉の先はへっこんでいるんだなぁ、なぜ本葉になるととがっているんだろう?」という疑問がわきました。

 

調べてみると、双葉と本葉の性質は全く違うことが分かりました。

 

双葉は種の中で元ができていて、種の形状に合った形になっています。それで本葉とは形が違うのです。

 

そして先駆けとして成長し、本葉が出て本体が伸びて行くとその養分になるのです。

 

双葉はスターターでありお弁当でもあるのですね。

 

朝顔の芽がよっこらしょと重たげに土を押し上げて発芽するのは、双葉というお弁当を持参しているからなのですね。

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これが発芽の時。折り畳まれた双葉が首をもたげようとしている所です。

 

 

巡る色…赤い花のバトン

 

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今年はシクラメンが終わるのが早かったような気がする…

 

年によっては6月一杯ずっと咲いていることもあるし、こういうのってどういう加減なんでしょう。

 

ちょっと前までこんなふうに鮮やかに庭を盛り上げてくれていたのに、ほんの少しの間にはらはらと終わっていきました。

 

シクラメンが花を終えると庭から赤みがぐっと退いたように感じます。

 

華やかさはパンジーがまだがんばってくれていますが、くっきりと強い赤みはやはりシクラメンにかなわないですね。

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そろそろ赤みの後継として、ニチニチソウなど物色しにホームセンターか花屋さんに行こうと思いますが、いつもながら先延ばし癖でずるずるしてしまいます。

 

庭にはほかにも黄色、白、紫の花がそこここに咲いているのですが、私は赤みがなくなると何だか落ち着きません。

 

それは以前にどこかで、赤い花は魔を寄せ付けない、ということを耳にしたからだと思います。

 

体調が落ちている時は、赤い服を着ていると風邪など拾わない、と聞いたこともあります。

 

改めて調べてみると、赤い花はたしかに魔除けになるけれど、強い作用には影があって、お金や火の元にはよくよく注意とのこと。え、そうなんだ。

 

「赤字」って言ったりしますもんね。関係あるかは分かりませんが…。

 

いずれにしても、赤は気分を上げてくれる色ですね。

 

やはりぽちっと紅をさすように、赤い花を迎えたいと思います。

 

 

 

 

「太ぬうの」って何?•••長年の謎

 

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10年にいっぺんくらいかなぁ…

「太ぬうの、って何だったんだろう?」

という長年の疑問が浮かび上がるのです。

 

「太ぬうの」とは国語の教科書に載っていた戯曲『夕鶴』の中で子供達が歌う、

 

爺やんに着せる太ぬうの

婆やんに着せる太ぬうの

 

という一節のことばです。私の頃は学芸会でよく上演されていましたね。授業でも配役を決めて教室の前でかわるがわるやらされたりしましたっけ。

 

太ぬうの、の「ぬうの」は「縫うの」だよなあ、じゃあ「太」は何のことだろう。

 

授業ではそこまで突っ込んで取り上げた記憶はありません。なんとなくそのままになってしまったのです。

 

大人になってからもたま〜にその疑問が何かのきっかけで蘇りましたが、なにせ今のようにネットが普及していない頃です。

 

そんな、夕鶴の歌の一節の意味などというちょっとマイナーな疑問を調べるなら図書館に行くなどしなければならず、そこまでのモチベーションは保てずに忘れてしまっていました。

 

そして先日久しぶりにこの懸案事項を思い出して、

 

「そうだ、今こそ、太ぬうの、の意味を確かめる時だ!」と勇んで検索いたしました。

 

結果はなかなか意外なものでした。

 

「太ぬうの」は「太縫うの」ではありませんでした。

 

佐渡のことばで、「太布」(ふとぬの) だったのです。

 

太布とは立派な服という意味なのだそうです。

 

だから、「ふとぬの」を、歌のメロディに乗せて、「ふとぬ〜の♫」と伸ばしていたわけですね。

 

ふ〜ん、そうだったのか。

 

やっとすっきりしました。

 

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昨年秋に植えた玉ねぎはますます玉ねぎらしく育っているようです。嬉しいことです。