こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが、表現する人々のことなど、つぶやいたりマンガに描いたりします。

朝顔の11月

 

今季もう朝顔のことは書かないだろうな…

 

と思っていたらそうではありませんでした!

 

11月の朝顔はほとんど茶色く枯れたツルや種でできているふうですが、

よくよく見ると、地面にほど近いあたりに冒頭の写真のように、数枚の元気な葉っぱがありました。

 

で、これって何だろうな、つぼみ?色も何とか朝顔の花らしいのが見えている…

でもこの11月の寒空にこれ以上の展開はないだろうなあ、と思っていたところ、

さ、咲いてる?

 

へろへろで夏や初秋の時のようなわけにはいきませんし、鑑賞に耐えるとは言いがたいです。

 

でも先月は朝顔のことをブログで、あと数回の寒い波が来たら枯れる運命、と書いたしそんなもんだろうと思っていました。

 

朝顔舐めるなよ、と言われたような気がします。

 

アマビエ様と世間…『世間学会』に寄せて•••『世間ぐるぐる』第22話

 

f:id:raspberrychoco:20221116121322j:image

最近あまりニュースにならないアマビエ様ですが、ふつうにあちこちで見かけますのですっかり市民権を得たともいえますね。

 

今回の世間ぐるぐるマンガは、2022年11月12日に東京池袋で開催された世間学会に合わせて描きました。

 

こちらのリンクから4ページ全部をお読みになれます。

世間マンガを最初に描いたのは10年以上前、手描きの鉛筆描きをコピーしたものを学会後の懇親会で配ったのがはじまりです。

 

ペイントソフトの進化に伴い、今はすっかりデジタル化しましたが、新作はまず印刷したものを現地で置かせていただくというアナログな配布を基本にしています。

 

 

世間学会とは、世の中のいろいろな事を「世間学」という考え方を手がかりに研究発表したり話し合ったりする集まりです。

 

色々な立場からのお話が聞けてとても刺激を受ける時間です。

 

私はいちオバさんの視点からつらつら思ったことを漫画にしています。

 

人々との関わりでモヤモヤしたり詰んだりした時に、世間というキーワードで照らしてみるのも、状況にちょっと距離ができて一息つけるひとつのやり方ではないかなぁ、と個人的には思っています。

 

世間学についての本は、やはり阿部謹也先生のこちらが原点ですね。

世間学関連の新しい本では、佐藤直樹先生のこちらの御本が、コロナ禍のさまざまな事にも言及されていて興味深いです。私はこの本で初めて自分が「公共」という言葉を漠然としかとらえていなかったことに気づきました。「公共」は「パブリック」を翻訳した言葉なのだそうですが、日本ではパブリックとはかなり遠い意味合いになっているようで…オフィシャルとパブリックを混同しているということになるらしいのですが、そんな事考えたこともなくて目からウロコでした。

オンブバッタの秋

 

f:id:raspberrychoco:20221103211633j:image

たぶんオンブバッタだと思うんだけどなあ…

 

11月にまだいるんですね。(南関東です) 庭のジャガイモの葉っぱでここ数日ボーッと滞在しています。

 

体が大きいのでたぶんメスかな。

 

しっぽの方がだいぶボロくなってきていますね。

 

卵を産むときにどこかに引っ掛けてしまったのでしょうか。

f:id:raspberrychoco:20221103212417j:image

夏に来ていたオンブバッタを撮ったものがありました。しっぽもまだきれいです。

 

オスをおぶっています。人間の感覚だと仲良しのつがいだな、とつい微笑ましく見ていますが、

 

調べてみると、メスがおぶっているというより、オスがメスを確実に確保するために他のオスに取られないよう乗っているようなのです。

 

そして交尾の後も、他のオスが交尾しないようにひき続き乗って見張って?いるのだそうです。

 

冒頭のメスも無事卵を産みおわったのが縁の切れ目でオスもどこかに行ってしまったのでしょう。

 

オンブバッタは成虫で冬越えはしなかったと思います。

 

残りの日々をメス一匹ジャガイモの葉っぱで過ごしているというわけですね。

f:id:raspberrychoco:20221104075815j:image

命を繋ぐ仕事を終えて、何か食べたり日向ぼっこしたり葉蔭で休んだり、適当に命を謳歌?しているようにも見えます。

 

あくまでも人の感覚を投げかけているだけかもしれませんが。

 

そうだと良いなあ、と思ってしまうのです。

朝顔の多忙な10月

 

f:id:raspberrychoco:20221020172944j:image

10月の朝顔ってどうしてると思いますか?

 

この画像は10月半ば頃のものなので少し前なんだけれども…

 

小学生の頃なんて夏休みの観察が終わればもう朝顔のことなんて意識から遠のいて、種を取る頃に少し思い出すくらい。

 

今年本当に久しぶりに植えてみて、発芽から暑い花の盛り、くたびれかけた秋の日々までずっとお付き合いしています。

 

10月の朝顔は、全体的によれてくすんであちこち枯れて、庭の主役ではとっくになくなっています。

 

今主な仕事は、びっしり付いた種をせっせと熟させてゆくことのよう。

 

でもそうしつつ、週にいっぺんくらい思い出したようにちょっと地味めな花を一つ開いたり、

 

よく見ると端の方に新しい葉が出ていたり、

 

支柱に巻いたツルはまだ上に伸びようとしているようです。

f:id:raspberrychoco:20221020172706j:image

一年草で、もう後がないし、次かその次の寒さの波がくれば枯れる運命ですけれど…

 

枯れつつ、熟しつつ、たまには咲きもし成長もする、

 

10月の朝顔はほんとうに大忙しみたいなのです。

香るキンモクセイとの出会い

f:id:raspberrychoco:20221004090452j:image

キンモクセイの香りに出会ったのは…

私はたぶん、実家のシャンプーか石けん。

 

そして「キンモクセイ」という言葉には、「金木犀」という美しい字面と共に主に本…詩や文章で触れていたのだと思います。

 

その香りと言葉は北海道の実家に住んでいた若い頃、私の中ではまだ結びついていませんでした。

 

キンモクセイは江戸時代に中国から伝来して、北海道と沖縄以外にだいたい広まったようです。

 

なので私にはキンモクセイを実体験する機会がなかったのでした。

 

そののち関東に越してきて、近所の花咲くキンモクセイを通り過ぎたとき、「何これシャンプーの匂いがする!」と驚きました。

 

図鑑でそれがキンモクセイだと知りました。(ネットがなかったので図鑑最強です)

 

「そうなの、あなたが金木犀だったの。はじめまして。」

 

キンモクセイという存在が、姿、名前、香りと揃って私の世界にピントを結んだ瞬間でした。

f:id:raspberrychoco:20221004094112j:image

 

アマビエ様のご利益•••4コマ『アマビエ様といっしょ!』14

 

f:id:raspberrychoco:20220925103628j:image

アマビエ様も娑婆の滞在が長びいておられるので、さまざまな経験をされていることと思います。

 

以前展覧会で、江戸期などに民衆の間に出回った瓦版を観たときに、

 

カミサマに人々が一斉に、勝手な願いごとを浴びせて、カミサマが複雑なお顔をしている図がありました。

 

人々の煩悩からくるお願いは江戸時代からあまり変わっていないんだな、と感心したのでした。

 

広まる過程で尾ひれが付くのか、カミサマは山ほど効能をかかえてしまいがちのようです。

 

 

この4コマは前回の作品『アマビエ様の才能』と対になっています。よろしければ合わせてご覧ください。

f:id:raspberrychoco:20220925103929j:image

暁の海…朝の小さな嬉しさ

f:id:raspberrychoco:20220907095129j:image

あっ、今日はななつ咲いてるね。

 

 

朝新聞を取りに行く時、幾分秋の気配が感じられるとはいえ、今日も蒸し暑いだろうな、と予感する空気の日もまだ多いこのあたりの気候です。

 

そんな思いを少し中和してくれるのが朝顔の青紫。

 

子供たちが小学生のころ、宿題で植えて以来、久しぶりに植えた朝顔です。

 

夏の朝、ぽっかり咲いている朝顔が見たい、とふと思い、自分のために植えてみました。

 

今回植えたのは『暁の海』という名前の朝顔です。

f:id:raspberrychoco:20220912094052j:image

 

深い青紫、ほとんど群青色、と言っていいほど青々した朝顔です。写真よりも実際は青が強い印象です。花はとても大きいタイプですね。

 

でも暁の海は朝焼けに染まってむしろ赤いのでは?と思ったりもします。青いのはむしろ昼間なのではないかな、『真昼の海』のほうが合っているのでは?と。

 

それとも「暁に海の色で花開く朝顔」という意味合いで名付けているのでしょうか。

 

いずれにせよ「海」という文字のもつ深い青のイメージにふさわしい朝顔であることには間違いありません。

 

種を植えてから4ヶ月、花もそろそろ盛りを過ぎてきています。

 

私が子供の頃は花が終わればあとは忘れてほったらかし、種ができた頃にああ種だ種だと集めていました。

 

今回はどんなふうに種を作って、どんなふうに枯れてゆくかじっくり付き合おうと思います。

f:id:raspberrychoco:20220911210502j:image