こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが こころのこと 表現のことなどつぶやきます。

創り手としての保阪嘉内と宮沢賢治

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宮沢賢治の長年の心友、保阪嘉内について書かれた様々な文を読み、まず浮かび上がってきたイメージをことばにすると「 臆することなく自分を押し出す人 」です。

 

仲間と上演する劇の脚本を一気に書き上げ、ちゃっかり自分にいい役を設定したり、写真に目立ったポーズで写っていたり、権威への反抗を行動に出し文にも書き、ついに放校処分に至ってしまった。

 

そうしたことを踏まえて、嘉内のつくるものには激しく押しの強い、表現主義の作品によくあるような荒っぽさがあるのかと想像していました。

 

数年前に、私が賢治の漫画を掲載させて頂いている、MIZUTAMAのメンバーと一緒に、嘉内の出身地韮崎市の『アザリア記念会』を取材させていただきました。

 

そこで、大切に保管されている嘉内の大量のスケッチを見せていただく機会を得ました。嘉内のスケッチから受けた印象は、緻密で手抜きのない、地に足の着いた、対象への誠実な眼差しでした。

 

題材は多岐にわたり、幅広い関心が伺え、色使いはバランスよく豊かで、ここから多様な表現に発展していく萌芽を感じさせます。

 

賢治は、嘉内のよく耕された広い感性の沃土のふところで、まどろんでいたものを思い切り表現しはじめたのかもしれません。

 

短歌をつくっていたとはいえなかなか発表はしなかった賢治ですが、どしどし作品を人前に出していく嘉内に感化されたということもあるでしょう。嘉内の世界から得たインスピレーションを作品に生かしたのでは、という考証もありますね。

 

嘉内も、独特で深く豊かな賢治の表現を、面白がって受け止め、心から賞賛したのだと思います。

 

そんな2人の交流をイメージして描いてみました。右が賢治、左が嘉内、のつもりです。

 

2人とも生涯にわたり創作を続け、賢治は死後広く認知されていくことになります。

 

様々な事情で、嘉内の作品は世に出ることが少なかったのです。賢治、嘉内、資質の違う巨きな才能の交歓をもっと堪能したかったものだ、と思います。

 

嘉内が出版しようとしていた歌稿が不運にも失われてしまったこと、そして嘉内の賢治宛書簡がゆくえ知れずになったことが本当に惜しまれます。

 

嘉内のスケッチなども掲載されている、アザリア記念会のサイトはこちらです。

http://www.azarea-kanai.com/