こころ、てくてく……表現するこころ

漫画家 海山かのんが こころのこと 表現のことなどつぶやきます。

コロナと新聞折り込み広告……不要不急日記1

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新聞を朝ポストに取りに行くと、軽い!

 

一般に新聞の折り込み広告は、週末に向けて、木金とどんどん厚さを増して、土曜はずっしりとピークに、日曜はぐんと減り、月曜日は1番少なく、火水は少しずつ、こんなリズムを刻みますね。

 

それが、4月の緊急事態宣言以来、この頃緩和されつつあるとはいえ、いまだ少ないままです。

 

自分の感覚にそういうリズムが深く刻まれていたということに、失われて気づきました。その驚きをネタにちょっとしたマンガにしてみました。

 

私は若い頃、新聞の朝刊を配達するアルバイトをしていた経験があり、新聞の重さの変化のリズムが体にも強く入っていたのかもしれません。

 

少しずつ、スーパーやファストファッションの広告が復活してきたようですが、どれほど回復するでしょう。

 

ところで、新聞の折り込み広告は、販売店の大切な収入源であったと記憶しています。

 

アルバイトでお世話になった新聞販売店のことが気がかりです。

蜜蜂と電車

 

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Suicaへのチャージをしてない、最近。

 

緊急事態宣言以来、電車は動いていても、私には何か軍用列車のように感じられ、勤め人でない私の用件はほとんど不要不急に分類されるように思え気が引けた。

 

それでも5月半ばからは、意を決して重要度の高いものを選び、対策をしてそろそろと動きはじめた。

 

いまだ3月時点のチャージで間に合っている。

 

それ以前なら、人と会った帰り道、改札機の所で、「いつの間にか残り少しになって慌てるんだよね。」「交通費ほんと半端ないね。」なんて会話を交わして別れていたのだっけ。

 

世の中もそろりと動いてきたから、チャージするのも間もなくだろうけど。

 

 

駅前に咲いた花にミツバチの写真から。ちょっと時間が経ってしまった。花とミツバチ、命を鼓舞してくれる組み合わせだ。

 

 

思いがけない焼肉……ステイホームの風景

 

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子供が小学生くらいの頃、毎年5月に一回、息子たちを連れて市の公園でBBQをしていました。彼らに火を扱う経験をしてほしかったのです。

 

やがて中学、高校と進み、彼らの休日に親との予定が優先されることは無くなっていきました。まあ当たり前ですね。5月のBBQ は、夫婦のみでちんまり、炭火で美味しく色々なものを食す日、として毎年継続していました。

 

そして今年です。新型コロナにより公園のBBQ 会場は閉鎖となり、夫婦の恒例行事は、とりあえずホットプレートの焼肉を家で、ということになりました。

 

そこに、友達や同僚との予定が全滅してしまった、とっくに成人済みの息子たちが、親の用意する肉を狙って合流してきたのです。

 

ひげ面の息子たちとホットプレートを囲みながら、何と珍しいこと、コロナのことがなければこんな風景は滅多に見られるもんじゃないね、と、記念の写真を撮ったのでした。

引きこもってもいいんだなぁ。。。?…ステイホームへの思い

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「お家に居ましょう。」と大っぴらに推奨されたのって、産前産後を例外として、はじめてかもしれない。

 

元々、本を読んだり、手仕事をしたりという、家であれこれすることが好きだったし、選んだ「漫画家」という方向も、家に篭りがちになる道筋だと思います。

 

それが何となく後ろめたいような感じを無意識に抱いていて、一生懸命、人と運動する機会を定期的にもうけたり、美術館やイベントに出かけたり、ちょっと駅前に出てみたりとか、バランスを取るようにしていたようです。

 

本ばっかり読んでてもダメなんだよ、という子供の時の、周囲の声のすり込みもあったのでしょう。

 

で、こんなふうに、おこもりを公に認められると、えっ、と一瞬真っ白になったのち、けっこう頑張って天秤を保っていたことに改めて気づきました。

 

色んな、外でやる事をしなくても良い日が長くできたら、積読のあんなこんな本読みたい、やり切れなかったゲームもしたい…と思っていたのに、こんなチャンス?になかなか集中できない。

 

気持ちのどこかで、一旦引きこもりはじめたら、どどーっと際限なくお篭り空間を濃くしてしまいそうで、ためらいがあるのかもしれません。

 

画像はうちのパンジー

実は虫に食べられてボロボロなところが多くなってしまったのですが、きれいなところを選んでなんとか作成しました。

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夢のパフェ……福を呼ぶ文房具2

 

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新緑のなか、久しぶりに会った友達とランチをして、話し足りずにカフェに流れ、向かい合ってパフェをつつきながら他愛のないことをやり取りする…

 

そんなシーンがそこかしこにみられる春を迎え、ゴールデンウィークが来て、そして初夏、と、いつものように暦が進むのだと…

 

そのような華やぎが書き留められるように、当然そのような春が来る前提で、そういう願いを込めて企画されたのではないか、このノートを見るとそう思います。

 

もちろんお家で、このようなパフェを作り、オンラインお茶会を友人とする事は可能ではあります。でもやはり、春の盛りや初夏の緑や花影から流れ出す空気感も欲しいところです。

 

私がこのノートを買った時、コロナの影は迫ってはいましたが、まさかここまでになるとは想像していませんでした。このノートがディスプレイされていたお店も、SCの営業自粛に伴い閉まったままです。

 

このノートに何を綴ろうかと思いをめぐらしながら、こんなパフェを人々と囲む日を夢見ます。

フリージアの残響

 

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フリージアを一輪、一輪、覗き込むと、微妙にそれぞれ違うように感じます。その中でもひときわ華やいでいた一輪を記念に撮り、こころの印象に近く、加工しました。

 

でも、これを書いているこの時、もうフリージアはすっかり花を終わり、となりの、やはり花を終わらせた水仙の葉たちと、仲良く天に向けて葉を突き立てています。

 

来年もおそらく、状況によって数や勢いは違うでしょうが、フリージアはこの花壇に戻ってきてくれて、甘い香りを運んできてくれるでしょう。

 

しかしこの一輪と全く同じ咲き方をしたフリージアは二度とないのでしょう。

ヨゲンノトリとペストの防護服

 

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アマビエ様に続く疫病の守護者シリーズ?として今話題らしい「ヨゲンノトリ」を見て、17世紀のペストに立ち向かう医者の防護服姿を思い起こしたので並べて描いてみました。

 

ヨゲンノトリは江戸時代石川県に現れ、疫病(コレラ?)の流行を予言し、「私の姿を朝夕に拝めば難を避けることができる」と告げたそうです。

 

描きながら黒いほうはどうして尻尾がないんだろう?と思いましたが、よくよく確認するとこれは一羽に首が2つあるトリだったんですね。早とちりでした。でもこんなふうに分身できたとしたら、救う力も2倍あるかもと思い、このままにしました。

 

ペストを治療した医者のマスクのクチバシのような所には、抗菌作用のあるハーブが詰められ、目の所にはガラスを嵌めて感染を防いだようです。バクテリアやウイルスの存在は夢にも知られていなかった頃、この姿でどれだけ防げたのでしょうか。